双極性スぺクトラムで残り30年働けるか

うつ病と思ってたら双極性障害だった。~双極性障害とうまいこと付き合っていくための備忘録~

「復職から429日」離婚かな

一昨日は11/1ということもあり生活費をおさめるために妻と接触がありました。(遅れると生活費を入れていないと言われるため。)
少しこどもと話をしたあと、妻を刺激しないようにしておこうと思いましたが、「先日別居だと宣告しておいてシングルでやっていく覚悟がないのは甘いと言われたことで傷ついている」と話しかけられ会話が始まりました。

話しているうちに次の通り切り返しました、「二人の関係はお互い否定ばかりしていて2カ月なにも進んでない。
もっとシンプルに考えよう、答えは簡単にもう一度一からやり直せると思えるかどうか。二人が思い描く家庭・理想の家族、自分の幸せとは何かという根本的なところでお互いが共感できない限りは別居解消は不可能。その次に現実問題としてお互いがトラウマになっていることを乗り越える努力を決意できなければ別居解消は不可能。
子供のために離婚できないと言われても、私自身が幸せにならないとあなたを幸せにできないし、そんな両親の元、子供が幸せに育つとは決して思えない。私は、頑張れば取り戻せるとおもうけど会社での地位も、仕事での信頼も健康も一度すべて失った。別に離婚だと言われても、バツイチになるのも怖くないし、財産分与でお金とられても別に構わない、0からスタートで全く構わない。」、「信頼できる友人13人に2時間づつ相談にのってもらったがうち10人は即離婚すべきとの意見。残りの3人は我々二人を良く知る人物でもう少しあなたが変わるのをみてもよいのではないかとの意見だった。そこまで言われても私はまだ粘っているけどね。」と。

そう切り返されるとは思っていなかったようで「姉・母からは頑張れといわれている。父親に相談したら仮面夫婦でも家庭内別居でもいいから帰ってくるなと言われた。」と、弱みを見せました。これに対し「仮面夫婦とか家庭内別居とかそんな状態に戻ることはありえない。そんな中途半端な気持ちで戻られても誰も幸せにならない離婚です。」
と言いました。

昨日の早朝、何故かLINEがあり、「一人で考えても前に進まないので夕食を一緒にとらないか」と誘いがありましたが、
「あなたにはまだ考え方の軸がないから何を聞いてもネガティブにしか聞こえんかもしれんよ」とわざとお茶をにごしたところ、
「あなたは前向きになったけど、自分はまだ前向きになれていない。晩これそうか連絡がほしい」と返信がありました。
ここで私の悪いところがでてしまい「過去のLiNEの履歴見たら安心したり、苛立ったり、不安になったり、さみしくなったり
感情がごじゃまぜになってるように思う。たしか結婚前もこんな時期があったってきいたようなきがするな。」とLINEしてしまい
ました。夕方ごろ「身体も心もしんどいので、朝自分から誘ったけど無理や」と連絡がありました。弱っているところに
不要なことを書いてしまったのは反省です。ただ、正直私も行かなくて正解だったと思います。

ただし、原則家族の幸せを思い浮かべることができ、もう一度0からやり直すこと(今はマイナスなので過去を洗い流して)が
覚悟できなければ離婚との考えには変わりはありません。これだけの根本的な話しをし相手も理解しましたので、次回の会話でスタートラインに立てないということは、いくら時間をかけて戻ったとしても無理だなと判断しようと思っています。

追伸:妻に私に何をしてほしいの?と聞くことができました。妻はやはり私に認めてほしかったようです。

「復職から418日」今日は次女の父親参観

今日は次女の父親参観でした。しかし、まぁ朝の立ち上がりが良くなかった。22:30就寝2:30に中途覚醒、3:00再入眠4:30起床、その後再入眠不能・・・。これだけ眠剤ぶち込んで良質な睡眠どころか、睡眠時間すら安定しない。

5:30まで布団でごろごろしたが、あたまが悲観的なことを考え出したので無理やり起きてしまうことにし、平日のルーティーンである朝風呂に入ることにした。やはり朝風呂は気分を高揚する効果があるようで、悲観的な気分はだいぶ解消された。ただ、前日まで仕事でトラブルを抱えており疲れていたのもあったのだと思うが、かなりしんどい一日になるだろうということは予想された。

朝の時間帯にインターネットでなにか楽しいことはないか検索してはノートにメモ。そんなことを繰り返し、次女を迎えに自宅へ向かったのは8:30だった。そこから歩いて幼稚園へ向かい父親参観で11:20まで娘とすごした。一緒に工作させてもらえたのは非常に楽しかった。感謝している。昨年は意識朦朧とするなか、長女の父親参観にむりやり参加した(させられたが)楽しむなんて余力はなく落ちる前に早く終わってくれと願うばかりだったと記憶している。

参観が終わり自宅に帰宅し、妻と少し話をしようとしたが全く話は弾まない。こちらが気を使っても全く見てくれない。あきらめてしまえばそれまでだが、今はまだ吹っ切れられず非常にしんどい。妻と少し話をすることにした。

「会社で上期末の面談があって、ここ2カ月体調が回復してきているように見える。業務の質も量も、スピードも2~3倍程度向上している印象がある」と上司にいわれた。これに対して、「これまでうつ状態でほとんど何もできなかった私に対してイライラしたこともあっただろうし、やめてしまえと思ったこともあったと思いますが、体調のよさそうな時に少しづつ仕事を与えていただき、またあきらめず指導までしていただいたことに恩義を感じています。体調は完調までまだ遠いと感じていますが、最大限できるかぎりの努力をさせていただきたいと思います。」といった。この発言を上司は受けた後、私に対する態度が変わったと感じている。周りの見る目も白い目ではなくなってきており仕事に関しては徐々に戻りつつある。あなたが心配していると思ってこのことを伝えたかった。と、妻に伝えた。

妻からは「別居してお互いが離れてストレスが減ったからじゃないん。」といわれた。

それはそうだが、そこは素直に認めてほしかったのだが・・・。その後いろんな話に飛び火したが、お互いのよいところをお互いが意識して見せる。お互いが良いところを見つけそれを認めることから始める必要があるという認識は確認できた。

ただ、2年間話をしてこなかったものでどのような思考をするかがいまだに読めない、これからも読めないかもしれない。別居についてどのように考えているかという話にもなったが、私は「理由の説明もなく一方的に別居してくれと言っておいて、しんどいから助けてくれというのは客観的に見れば甘い考えだと思う」といった。妻の心の中は私を見捨てないでほしいという気持ちでいっぱいなのは判っている。ただ、別居してくれと切り出したからにはシングルマザーでやっていく覚悟は当然持っていないといけないと思うと思うしそう伝えた。確かに、妻の姉は離婚し実家にはすでに甥っ子が2人いる、姉は教師として働くことになった。父親は体調がすぐれないのもあるが自由人で頼りにならない。弟は双極Ⅰ型で頼りにならない。結局母親に負担がすべてかかっている。妻は母親に心配をかけたくない、実家に出戻りで帰っても居場所がないと思っているのだ。いっぱいいっぱいになってでた「実家でくらしてくれへん」という一言であることは判るが、自分が変わろうとしただろうか、ほかに何か打つ手はなかっただろうか。そんなことを考えたことはあるか?そのようなことが聞きたくて追い詰めるような話になってしまったが「今の生活が始まって2カ月が経とうとしているが、これが当たり前と思っていないか?」、「今はまだ無理だが、私は戻ってきたいと思っているが現状は二人が同じ方向をむこうというスタートラインにすら立てていない、今の環境はストレッサーである私がいなくなり、お金の心配も何もない。これは依存とは言えないか?」と問うた。妻は、「そこまで言われるならもうやっていけない」と言葉にしかけたが、少しなだめて対話の最初のほうで確認できた「お互いのよいところをお互いが意識して見せる。お互いが良いところを見つけそれを認めることから始める」ことができないと何も始まらないなという話で対話終了することとした。

その後、しんどい体に鞭打ってマクドナルドへお昼を食べにこどもたちを連れていき、イオンのゲームセンターでメダルゲームをし、おもちゃ売り場を見た後、少しドライブし実家へ帰還。両親にバトンタッチし夕食を作っていただいた。

19:00になってから子供たちを自宅は送り届けたのだが、妻は買い物で外出中。これは私のやりたいことと心で思って子供たちを風呂に入れてやりました。子供たちが風呂から出てきたところで妻が帰ってきたのでバトンタッチして実家へ帰宅することにしました。子供たちを風呂に入れたことに対して、「ありがとう」と言ってもらえたことが今日うれしかったことかな。

少々荒行を続けてきたけど、妻も変わりつつあるのかな?と少し思える時がでるようになりました。

「復職から417日」セレニカ断薬98日、リーマス減薬70日目、そして私の生い立ちを初公開

妻と別居しだしてからもうすぐ2カ月が経ちます。うつ状態でもがき苦しんでいるのを見ることすらつらくて「実家で暮らしてくれへん」と言われ家を出ることになりました。

嫁も情緒不安定、私も徐々に調子は持ち直してきてはいるものの安定とは程遠い状況冷却期間としてよいようにとらえることにしていますが、時折不安が頭をよぎります。

思い返せば妻は幼少期に虐待をうけており、認められたい、ほめられたい、愛されたいとの本能があります。先日自宅に本をとりに帰った時に妻の9年前の日記が出てきました。5年付き合った男性と式場まで決めた後に婚約破棄、その後合コンで異国籍の男性と付き合うが両親に反対されて無理やり別れ、1、2カ月単位でコロコロ男性が変わるという心の不安を常に何かで満たそうとする姿が書かれていました。不安になると異国籍の男性とたまにあっては性交渉。逆にたまに連絡があっては呼び出されて性交渉を重ねていました。その方とは縁が切れていたと思っていましたが、結婚して社宅で新生活を始めたころ妻の携帯に連絡があり「今もう結婚したんや」と言っていましたが、今また私の存在が妻の心の中から消え彼が浮かび上がってきつつあるように思います。

私も~ねばならないという思考をもった母親に、意味の判らん価値観を押し付けられ、幼少期から我慢をしつづけてきました、次第に認められたいほめられたいという欲求が芽生えました。小学校のころいやいや行かされた進学塾で6クラス中下から2番目のクラスかケツのクラスでしたが、中学に入ってすぐの中間テストで4番/290人中という好成績を収めました。勤勉だった父親の背中をみて成長したこともあり、その後も地域No1公立高校、旧三商大のうちの一校に入学することになります。このころを振り返ってみましたが高校~大学の間、やはり人間関係は苦手だったのかな~とも思います。男友達とはよく遊んだし楽しい思い出も残っていますが、女性関係は苦手でしたが決して健全といえるようなお付き合いをしたことがなかったように思います。そういう意味で幼少期~青年期にかけての人間関係の中で人間関係でもまれてこなかったというのは事実です。

また、たばこ、お酒、ギャンブルでストレスを発散する依存体質であったとも思います。うつ状態に対して、たばこ、お酒、ギャンブルは禁忌ですもんね。そんなこんなでよくよく考えると今までの育ち方、生活習慣両面でうつ状態になりやすい体質であったと思います。

2004年に入社、製造業の現場監督で月残業120時間とかして2007年に体調を崩し、母親に勧められた薬しか出さない最悪な精神科医にかかり2012まで本当につらい人生をすごしました。2013年から転院し、今の主治医ですが薬では治りません。考え方を変えましょうという指導を受け、今はほぼ眠剤のみでやりくりできるレベルまできているのではないかと思います。去年休職した際は双極性障害ということで治療を開始しましたが、気分安定薬が効いていない、別の原因であると思うということで双極の診断は保留にしてほしいとのことです。抗うつ薬には過敏反応するし、気分安定薬も効かない。躁鬱の気配はあるが、躁鬱ではないっぽい・・・。頭の思考回路が偏りすぎていて妻に拒絶反応がでたり、仕事をやらねばならないという強迫観念にとらわれたりする。躁鬱の気配がある、うつ病?なのかというところでしょうか。

とりあえず今の私にできることは。過去にとらわれず今を生きること。自分の幸せを第一に考え生きること。我慢しないこと。執着しないこと。完璧を求めないこと。自分のよいところを見つけ自分の自信を取り戻すこと。そして自分を変えていくこと。など、思考のパターンを変え自分を変えていくこと。

こういう考え方をしないと、薬を飲んでいるだけではうつ病は治らない。逆に躁鬱病は生物的な脳の異常が原因だから一生薬をのんで症状を抑え込まないといけない、治らない。私の場合、休職から1年半ほどかかったけれど気分安定薬ほぼなしで業務をなんとかこなせるまでに回復し、思考パターンが徐々に前向きになってきていることから主治医も双極ではないのかもしれないと思うようになったのかもしれない。

妻との関係改善は難しいけれど、この山をどちらの方向に乗り越えることなるかはわからないけど、乗り越えたら新しい道がひらけ私のメンタル不調は改善すると信じています。これからは病気と言わない。病は気からということで日々体調管理をしっかりしながら生活していこうとおもいます。

 

 

「復職から416日」更新いつぶりだろう?でも調子はよくなっているぞ!

2016年の6月中旬から休職し8末に強引に会社復帰。1年ほどただ通勤するだけという生活をつづけていましたが、ここのところ普通に仕事ができている。もちろんハードな仕事ではないが十分な仕事量をこなしている、周りから白い目でみられることはなくなった。

処方されていた薬も、ごっそり減り。ほぼ漢方と眠剤程度になりました。主治医からは双極性障害の診断は保留にしてくれとのこと・・・。

 

柴胡加竜骨牡蛎湯7.5g

リーマス200mg

メイラックス2mg

レンドルミン0.5mg

・ベルソムラ20mg

 

最近は、中途覚醒してもいろんな対策をとって眠れるようにしてみたり、早朝覚醒したら朝風呂に入ってみたり。いろんな気の紛らわし方やルーティーンを実行すること生活リズムを作っています。

会社でもコーピングのリストをみながら仕事してみたり、イライラしたらガムかんだり、1時間おきに水を飲んで、トイレ行ってみたり。あらゆるよいとおもえることを実行しています。

仕事自体もここ2カ月がんばった甲斐あり、上司も少し認めてくれたようで人間関係も好転してきました。ここから無理せず、焦らず着実に自分の自信と信頼を積み重ねていけば会社生活が好転し、病状も徐々に良くなってくるのではないかと思っています。

問題は、私の調子に疲れてしまった妻に、別居を言い渡され実家暮らしをしていること。このまま離婚に突き進むのか、戻るれるのか判らないけどどちらにせよいばらの道を突き進まなければいけなくなりそうな予感。

 

自分の幸せを第一に考える。自分のためにと考える。我慢しない。今を生きる、過去を振り返らない、未来も考えない。完璧を求めない。こうでなければならないという考えを捨てる。自分のよいところを見つける。そして、自分が変わる。そう考えて明日も生きていこうと思います。

「復職から145日」定期通院日(リーマス800mg50日目)

ここ1週間どういうわけかしんどい状況でして受診してきました。リーマス800ですが血中濃度が0.4ということもあり少しあげて900mgでの調整となりました。大きな波自体は少なくなってきているのでリーマスが効いていないわけではありません。

今回の増量で状況が好転することを期待したいと思います。

本日の処方

リーマス900mg

ラミクタール200mg

エビリファイ1.5mg

レスリン75

マイスリー10mg

メイラックス1mg

頓服、リーゼ

 

いつのまにか薬まみれになってますが、会社行って仕事せねばなりませんので仕方ないです。良くなることを祈って頑張ります。

今日も好調(リーマス800mg41日目)

睡眠は夜中のトイレで少し浅く寝起きは激眠!朝からダッシュで会社には間に合った。午前中は少し集中し過ぎたせいか昼前は少しイライラ気味。昼休み昼寝してイライラから復活。午後は少し仕事して三時からは消化タイム。少しメールしてネットして業務終了。

今日の調子は気分の波はすくないがやや高めだったと思う。決して無理せず好調をキープしたいと思う。

この1週間今までにない好調ぶりでした。

今週は調子良好(リーマス800mg40日目)

正月休み以降睡眠は少し不安定だが寝起きの気分は問題なく良好。気分の波もかなり収まってくる。腹がモヤモヤ、息苦しいなどの神経症症状もかなり収まり軽い業務であれば区にならない程度に。これがハイな状態でないことを祈りつつ、ゆっくりと無理せず出来ることを増やしていきたい。

過去を振り返ってみると仕事中に頭が痛くなってトイレに籠っている日が連日続いたり、分けわからないこと言ってみたり、ひどい日がたくさんあった。ほんとメンタル系の疾患からの復職は非常に難しいです。